浦和地方裁判所 昭和58年(ワ)134号 判決 1983年12月19日
原告
ワールドファミリー株式会社
代表者
古本芳大
訴訟代理人
加藤長昭
被告
藤田恵子
訴訟代理人
菊地一夫
主文
一 被告は原告に対し金二五〇万円及びこれに対する昭和五八年三月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決の第一項は、原告において金五〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
原告訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。
一 原告は、健康食品等の販売を業とする株式会社である。
二 原告は、昭和五六年一〇月四日被告との間に、原告の取り扱う健康食品を訪問販売の方法で被告に販売させる契約を結び、その際次のような約定をした。
1 原告は、被告に対し、報酬として被告の販売額の三〇パーセントを支払う。
2 原告は、被告に対し、託児手当として月額一万円を支払う。
3 原告は、被告に対し、被告が今後一〇年間原告のために販売業務を行うことの対価として、契約金名下に五〇〇万円を次の方法により支払う。
(一) 二五〇万円は即時に支払う。
(二) 二五〇万円は五〇回に分割し、毎月五万円ずつを支払う。
4 被告が約定の期間の中途で契約を解消したときには、被告は、原告に対し、既に受領した契約金の全額を返還する。
三 原告は、被告に対し、前記二の1の報酬及び3の契約金を約定どおり支払つた。
四 ところで、被告は、前記二の契約当時、原告と同業者の訴外ジャパンヘルスサプライ株式会社(所沢市所在。以下「ジャパンヘルスサプライ」という。)に勤務していたが、訪問販売について特に高度の技能を有していたので、原告は、業界でも異例の高額な契約金を被告に支払つて、被告をジャパンヘルスサプライから引き抜いた。
五 ところが、被告は、ジャパンヘルスサプライとよりを戻して、昭和五七年八月末ころ原告に対し、原告との前記二の契約を解消したいと申し出た。引き抜き合戦は業界の常としてやむを得ないので、原告は、そのころこれを承諾した。
六 仮に前記二の4の約定が認められないとしても、被告は、昭和五七年九月初旬原告に対し、契約金の返還義務があることを承認して、「契約金は明日必らず返還する。」と約定した。
七 被告は、原告に対し、割賦払に係る契約金四〇万円を弁済したのみで、即時払に係る契約金二五〇万円を支払わない。
八 そこで、原告は、被告に対し、主位的には前記二の4の約定に基づき、予備的に前記六の約定に基づいて、契約金二五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日の昭和五八年三月四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
被告訴訟代理人は、請求の原因について次のとおり述べた。
一 第一項の事実を認める。
二 第二項のうち、被告が2及び4の各約定をした事実並びに3のうち被告が今後一〇年間原告のために販売業務を行うことの対価として契約金五〇〇万円を支払うとの約定が結ばれた事実を否認し、その余の事実を認める。五〇〇万円を支払うとの約定は、被告がジャパンヘルスサプライを中途退職して原告に就職するといういわゆる移籍ないし転職の対価として、定められた。
三 第三項のうち、被告が原告から約定の報酬及び二五〇万円を受領した事実を認めるが、その余の事実を否認する。
四 第四項のうち、業界でも異例の高額な契約金であつた事実は知らないが、その余の事実を認める。
五 第五項の事実を認める。
六 第六項の事実を否認する。
七 第七項のうち、被告が原告に対し二五〇万円を支払つていない事実を認め、その余の事実を否認する。
証拠関係は、次のとおりである。<省略>
理由
一請求原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。
二原告が昭和五六年一〇月四日被告との間に原告の取り扱う健康食品等を訪問販売の方法で被告に販売させる契約を結び、その際「原告は、被告に対し、報酬として被告の販売額の三〇パーセントを支払う。」と約定した事実は、当事者間に争いがない。
また、請求原因第四項のうち、業界でも異例の高額な契約金であつたとの事実を除く、その余の事実も、当事者間に争いがない。
そして、「昭和六六年一〇月三日」との記載部分を除く、その余の部分について<証拠>によれば、原告は、昭和五六年一〇月四日被告との間に、前記契約を結ぶに際し、「相互理解により、原告は、被告に対し、契約金として五〇〇万円を支払う。ただし、一時金として二五〇万円を支払い、残額二五〇万円は毎月五万円ずつ五〇箇月にわたつて支払う。被告は、原告のため出来る限りの努力をする。」と約定した事実を認めることができる。
ところで、契約金という名目の五〇〇万円の性質について、原告代表者は、「被告の一〇年間の営業力を評価したもので、賞与の前払に当たるようなものであつた。」と供述し、他方、被告は、「ジャパンヘルスサプライを中途退職して原告に就職するための移籍料であつた。」と供述するのであるが、前記契約を結ぶに際し、原告が被告との間に、「被告が中途で契約を解消したときには、被告は、原告に対し、既に受領した契約金の全額を返還する。」と約定したとの事実を認めるに足りる証拠はない。原告代表者も、「右のような約束はなかつた。」と供述している。
三原告が被告に対し約定に係る報酬及び契約金の一部二五〇万円を支払つた事実は、当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、被告は、昭和五六年一〇月四日原告との間に前記契約を結んだ後、同月一四日付けをもつてジャパンヘルスサプライを退職し、同月二一日ころから原告のもとで健康食品等の訪問販売に従事するようになつて、同月末ころ原告から約定に係る契約金の一時金として二五〇万円を受領した事実を認めることができる。
また、原告代表者及び被告の各供述によれば、原告は、契約金の残額二五〇万円の支払方法として、訴外小川信用金庫に被告名義の預金口座を開設し、被告からその預金通帳を預かつた上、昭和五六年一一月から毎月五万円ずつをその口座に振り込んで、これを支払い、その預金額すなわち支払額は合計四〇万円に達した事実を認めることができる。
四請求原因第五項の事実は、当事者間に争いがない。
そこで、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
1 原告が被告をジャパンヘルスサプライから引き抜くに当たつて、原告の代表者古本芳大は、昭和五六年一〇月四日被告方に赴き、被告の夫とも協議をしたが、その際被告が、長期間にわたつて原告のもとに従属し、原告の取り扱う健康食品等の訪問販売に最大限の力を尽くすことを承諾した上、その意思が強固なものであることを表明したので、原告は、これを前提として、被告に対し、契約金として五〇〇万円を支払うことを約定した。
2 被告は、昭和五七年八月ころ原告に対し、「原告を退職したい。」と申し出たが、原告の勤務期間が約一〇箇月に過ぎなかつたので、そのころ原告に対し、「契約金は一年当たり幾らになるのか。」などと問い合わせた。
原告は、被告が余りにも早期に退職を申し出たのに驚き、被告を引き止めようとして、被告に対する回答を渋り、明確な態度を示さなかつた。
3 しかし、被告が、次第に休み勝ちとなり、販売実績を落とした上、明確に「退職する。」と言明したので、原告は、昭和五七年九月初めころ被告に対し、「既に支払つた契約金の全額を一回で返還してほしい。」と申し入れた。
これに対して、被告は、原告に対し、「土曜日に二五〇万円を返還する。」とか、「一回で返還するのは無理なので、何回かに分けて返還する。」と回答したが、原告は「一回で返還しなければ、裁判にする。」などと言つて、被告の言い分を聞き入れなかつた。
4 また、被告は、昭和五七年九月二〇日付けをもつて原告を退職し、その翌日ころからジャパンヘルスサプライに勤務するようになつたが、その後ジャパンヘルスサプライの上司であつた訴外松尾某を通じて、小川信用金庫に対する被告の届出印を原告に交付し、原告が被告名義をもつて同金庫に預金した四〇万円について、原告においてこれを払い戻した上、これを受領することを承諾した。
したがつて、以上の認定事実に照らせば、被告は、昭和五七年九月初めころ原告に対し、契約金の一時金として受領した二五〇万円を速やかに返還することを約定したと認めることができる。
五してみれば、被告に対し、契約金二五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日の昭和五八年三月四日(これは記録上明らかな事実である。)から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅滞損害金の支払を求める原告の請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(加藤一隆)